ワイン フランス料理etc


by bon1015m
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平成元年でしたね、まだ少しバブルの余波が残っている時でそれなりに営業は順調にすすんでいました

最初に一緒にしてくれたシェフが退職し、その下にいた当時21歳の明田君をシェフにしました 明田君はセン

スのいい料理人で器用に私が考えたメニューを見事にこなして売上も下げずにがんばってくれました、明田

君はその後フランスに1年修行に行き、新大阪で店を10年くらいしていましたが、今は中国で西洋料理の店

の指導をしているそうです、明田君のあとはフランスの三ツ星出身のシェフを迎えましたが、その当時の泉南

では彼の料理はあまりうけませんでした。その後パパが三年くらいシェフをしてから次男が神戸の修行先

から帰ってきて後をやってくれました、それと同時期くらいに現在の泉南店のシェフ小松君が入社してきま

した、それからは二人で切磋琢磨して泉南店を盛り上げ、そして平成16年の1月に「オゼ」の誕

生です、そして小松君は泉南店のシェフになりました。
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by bon1015m | 2011-11-28 19:33
昭和54年ころだったと思いますが「シャンソニエ」さんの前身「リヨン」さんが、泉佐野にモンテローザの前の

シェフが貝塚にビストロを、それから岸和田の警察署の前にもありました この三軒は今も営業なさっていま

すね、それからは雨後の筍のように数件のフランス料理店がありました、でも上記の三軒以外は閉店もしくは

業態変更なさっていますね、そして平成元年の三月で「モンテローザ」は閉店しました。そしてその年の11月

に「ボンヴィラージュ」がオープンしました、それから22年がすぎました。
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by bon1015m | 2011-11-25 17:39
まず活オマール海老ですが、昭和52年ころだったと思います その当時雲雀が丘花屋敷というところで

大阪の「ビストロ ヴァンサンク」の創業当時のメンバー二人が営業していたフランス料理店がありました、当

時の関西のフランス料理を引っ張っているかのような二人でした、その方たちが「フラン料理ワイン 研究所」

と言うフランス料理の材料を販売する仕事を始められました、そこで初めてオマール海老なるものをしりまし

た、フォワグラ 仔羊も販売されていましたが、残念なことに冷凍ものでした、それでも価格は今のフレッシュ

の価格より高かったような気がします、そして何年か後にフォワグラのフレッシュが入ってきたのですが、

お値段が1キロ 32000円していました。今の約6倍です、それから需要が増えてきたのか年々フォワグラの

価格だけは下がり始めてきました。 このころから南大阪にも「フランス料理店」がボチボチと出来てき始めま

した。
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by bon1015m | 2011-11-20 19:05
昭和51年の秋にフラン料理の専門店に変わった「モンテローザ」は、洋食時代のお客様もまじえながら営業

をつづけていました。その当時は日本でもフランス帰りの料理人が少しづつ帰国して、修行してきた料理を出

し始めマスコミにも出始めていました。しかし東京はともかく関西のフランス料理はその当時、フラン料理に基

本の出汁をとる「子牛の骨」さえ流通していませんでした、ようやく翌年の52年に大阪の「岡山フーズ」という

業者さんが子牛の骨の輸入をしだしたと言うニュースが流れ、ようやく「フォンドヴォー」と言う出汁がとれるよう

になりました、それまではコンソメを引き出汁がわりにしていました、今では普通に流通している「オマール海

老」「フォワグラ」 「トリュフ」はもう少しあとになってからです。 次回はその話をしましょう。
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by bon1015m | 2011-11-18 11:38
そうなんです、いきなりフランス帰りのシェフを迎えたんですよ今まで洋食に毛がはえたような料理から、本格

的なフレンチです。それまでライスも出していたのがいきなりフランスパンだけになり、事情のわからないお客

様はご飯がないんだったらと帰られるお客様続出でした。いまでは考えられないことが田舎のフラン料理店で

おきていました。なによりも面白かったのが、そのシェフがフランスで修行してきた料理が当時フランスで流行

していた「ヌーベル キュイジーヌ」と言う少量多品種のコース仕立てでした。28cmくらいのプレートの真ん中

にお肉の小さいのが2個並んでいて、お客様の目が点になっていたのが記憶に残っています。だってその当

時ホテルを除いてフラン料理の専門店は大阪でも、モンテローザを入れても5件くらいしかなかった時代でし

たから無理もない話ですよね。 次はフランス料理の食材の変遷の話をしてみたいと思います。
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by bon1015m | 2011-11-13 17:53
昭和48年もうお忘れの方も多いかとおもいますが、第一次オイルショックの年です町からトイレットペーパーがなくなったといわれる年です、その年の11月15日に南大阪では最初と思われる「モンテローザ」がフランス料理店のスタートでした。でもその当時のフランス料理というのは今から思うと、洋食を少しフランス風にまねたような料理を出していました、でもその当時泉佐野と言う町で今で言うハイカラな料理をだしていました、カレーライスのご飯が黄色いサフランライスでしたから、お客様は目を丸くされていました、それから3年を経過して「モンテローザ」にフランス帰りの料理長を迎えることになりました。続きは後日に
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by bon1015m | 2011-11-12 11:28
まだ20歳の頃、もうなくなりましたが泉佐野に[モンテローザ]って店がありました、その店が工事中のあいだ、西宮北口の[葡萄屋]さんって西洋料理のお店を手伝っていました、その頃はフランス料理の専門店は関西には少なくその当時は[葡萄屋]さんは、西宮、苦楽園あたりでは洋食屋としては名店のひとつでした、お客様も落ち着いた年配の方が多くワインにも造詣の深いわかたず方が多く、ワインの事に関して右も左もわからずお客様によく叱られました。あるお客様はそ当時よく流行っていた、高級なドイツワインがお好みでした[ベルンカスタードクトール]と言うモーゼルワインです、その時はその白ワインもとても美味しかったのですが、その後また違う白ワインを選ばれました。それがパパをワインの世界に
引き込む一本になりました。[シャトーイケム]ボルドーの貴腐ワインです、抜栓は先輩方をさしおいてパパがさせて頂きました。この白ワイン抜栓したとたん香りがその当時12坪程のホールに、広まるではありませんか、世の中にこんな飲み物があるんだとビックリさせらました。でもそれ以降この高級な白ワイン5回程飲みましたがあの感激はありません、あれは幻だったのかと最近思います。
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by bon1015m | 2011-11-10 17:44
大手ネゴシアン ルイ・ジャドのボーヌの96年です いい年なのでご予約頂いた時点で室温に戻して準備しままじた、お陰様で美味しく開いたみたいです。安心しました
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by bon1015m | 2011-11-04 11:19

タルト タタン

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11月に入りましたね、もうクリスマスの予約もちらほらと入ってきています メニューはまだ決まっていませんが(笑) この季節になると毎年このタルトは一回は焼きますね「タルトタタン」タタン姉妹がパイを忘れてあとで載せたというやつです、今回はきれいに出来上がりました。やはり紅玉りんごですると美味しいですね、販売もしています 一台1600円です
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by bon1015m | 2011-11-01 12:01